外国人経済研究所

外国人と経済の関係を解き明かしていきます。

2018年12月

l  10月12日、来春、新設される在留資格「特定技能」の骨格が示されました。「特定技能1号」と「特定技能2号」の2種の資格を創設。「1号」は相当程度の知識と経験保有者が対象ですが、在留期間は通算5年が上限で、家族の帯同は不可。ただし、所管省庁が定める一定の試験に合格すれば「2号」に移行でき、家族帯同や在留期間の更新が可能になります。

l  画期的だったのは、「特定技能」の外国人に「転職」を認めたこと。これは、マーケットを劇的に変えるインパクトを内包しています。悪名高い「技能実習」で奴隷労働的な雇用が慣行となってきた背景には、「転職不可」という制度上の欠陥がありました。辛くなって逃げ出せば「不法在留」になり、他で働けば「不法就労」になるという構造が悲惨な諸問題を惹き起こしてきたのです。転職の可能性ありとなれば、雇用主も処遇に配慮せざるを得ません。

l  しかし、「同じ分野での転職は可能」となったのは良いとしても、実務上は、在留カードを見ただけで、適法・不法を判別することは困難。知らないうちに「資格外活動」に関与してしまう雇用主が続出してしまう可能性大です。
成功, ビジネス女性, キャリア, ジャンプ, リスク, 達する, 仕事, 飛躍
【Timely Report】Vol.268(2018.10.16)
より転載。詳しくは、このURLへ。http://nfea.jp/report

BLOG記事「
『特定技能』で一体どうなる?」も参考になります。


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l  2017年6月、茨城県警は、偽造在留カードを提供したとして、中国籍とベトナム国籍の男女15人を逮捕しました。首謀者とみられる中国人は約1400万円の収益を得たようです。オーバースティの外国人から、ブローカーを通じてSNSで注文を受けると、顔写真を付けて中国国内の工場に発注し、国際宅配で受け取っていました。偽造カードの大半は、就労制限のない「定住者」。1枚あたり5,000円~20,000円で30人近くのブローカーが売り捌いていたため、茨城県内だけでなく栃木や神奈川など11都府県に広域販売されました。

l  3年間で約1500人に販売したと報道されていますから、アルバイトの求職者として、皆さんの会社や店舗にも来るかもしれません。警察は今後、偽造カードの購入者を芋蔓式に摘発していくことになります。「定住者」の在留カードを持った求職者が来たら、①「定住者」とはどういう意味か、②どのような背景で「定住者」が許可されたのか、③申請書類はどういう内容だったのか、など詳細を確認すべきです。偽造を見破れなかった被害者なので、不法就労助長罪に問われないとしても、ガサ入れは愉快ではありませんから。
ハッキング, サイバー, Blackandwhite, 犯罪, セキュリティ
【Timely Report】Vol.176(2017.6.6)より転載。詳しくは、このURLへ。http://nfea.jp/report

BLOG記事
警察は証拠を偽造する?」も参考になります。

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l  バブル崩壊のときもそうでしたが、日本の政策当局者たちは、現実に生じている事象に対応する政策(reactive policy)は、それなりにこなすのですが、危機が表面化していない事象に対して前以て準備する政策(proactive policy)は極めて不得意です。そして、現実に生じている事象に対応する政策(reactive policy)を、得てして、現状を糊塗してごまかす政策(disguising policy)に転化してしまうことがよくあります。

l  長期的に必ず表面化する問題があるとします。表面化してしまった問題に対して、その場を取り繕うパッチワーク的な政策は無難にこなすのですが、問題の本質に切り込んで根本的に解決する大胆な政策は実行できません。その一方、現状を糊塗してごまかす手法は超一流です。バブル崩壊に伴う不良債権問題はその典型でしたし、少子高齢化に関して言えば、年金・健康保険・限界集落などの問題を挙げることができます。ついでに言えば、「いずれ昔の家に戻れる」という嘘をつき続ける東日本大震災に関する復興政策も、膨張を続ける財政赤字問題もその類だと思ってよいでしょう。

l  特に、「経営」に係る政策において、政策当局者たちが成功した試しはありません。それは、自らのリスクで「経営」を担った経験がないから、「経営者目線」を理解することができないからです。古くは、ホンダの自動車進出を最後まで邪魔したのは通商産業省でしたし、川崎製鉄の千葉製鉄所の建設に大反対したのは日本銀行でした。

l  最近になってこそ「ジャパンクール」などと持ち上げていますが、アニメや漫画などのサブカルなどは、まったく当局の指導を受けなかったので、ここまでの魅力を世界に発信できるようになったのです。「ジャパンクールの代表なのだから、労働基準法を遵守するように」という当局の指導が入れば、アニメ業界や漫画業界は、あっという間に廃れてしまうでしょう。

l  ひょっとすると、最近の「観光業育成」を成功例として挙げる人がいるかもしれませんが、これは、単なる「規制緩和」です。厳しすぎた「観光ビザ」の要件を緩和した結果として、来日外国人が増え、日本における消費が増えたというだけであって、観光業の「経営」に関して、当局が何らかの有効な政策を講じたという事実はありません。日本の政策当局者が実施した政策の上で、これまで効果があったものは、市場を拡大する「規制緩和」か、投資負担を軽くする「減税・補助金」ぐらいであって、「経営者目線」で立案された有効な経済政策を成功させたことなど一度もないのです。

l  政策当局者らがいかに「経営」を知らないかは、2017年末に発覚したスーパーコンピューター開発ベンチャー PEZY Computing による「助成金詐取事件」を見れば一目瞭然です。事業費用を約6億円水増しして、国から助成金4億円余りを騙し取ったというのですが、その手法は、首謀者が役員を務める電子部品会社への外注費を水増しして計上するなどの古典的な手法。経理に精通する社員はおらず、首謀者が巨額な資金の使途を決める杜撰な体制だったといいますが、そんな会社に、国は総額100億円近い資金(補助金35億円・融資60億円)の投入を決めていたと言います。「経営」を知らず、「経営者目線」を理解しない人たちが、経済政策を決定し、実行している現状には恐ろしさを覚えます。

l  政策当局者らが「経営」を分かって、あるいは「経営者目線」を理解して、経済政策を立案するなどという幻想を抱いてはいけません。彼らの脳裏にあるのは、「経営者目線」ではなく、「自分たちの権益」であって、「日本国の権益」ですらないのです。「経営」に関する政策事例でいえば、2001年に制定された「大学発ベンチャー1000社計画」が好例だと思います。2003年度には早々に1000社を超えたものの、ベンチャーの大半が軌道に乗らずに失敗が相次いだため、新規設立が激減し、尻すぼみになってしまいました。

l  しかし、政策当局者にとっては、「政策の実行」=「既得権益の発生」=「天下り先の確保」という側面がありますから、どんなに失敗したとしても、「政策」を必ず延命させようとします。経済産業省や文部科学省からすれば、「大学発ベンチャー1000社計画」に着手することを見込んで、1998年にTLOTechnology Licensing Organization=技術移転機関)を法定し、大学等における発明や特許等の民間事業者への技術移転の促進を図ることを主要業務とした組織を捻り出して、天下り先を大量に確保しただけに失敗することは許されません。

l  経済産業省らは、2012年に学生ベンチャーに近いユーグレナ(2005年創業)が上場したことに復活の好機を見出します。しかし、同社は、純粋な大学発ベンチャーではなかったほか、粉飾事件に問われたライドドアの支援を受けていて、破綻の危機に陥った経緯があるなどピカピカではありませんでした。そこで、2013年に純粋な大学発ベンチャーであるぺプチドリーム(2006年創業)がユーグレナに続いたことを捉えて、2014年度から国立大学のベンチャーキャピタルに出資を行い、それを経由して大学発ベンチャーに投資資金を回す仕組みを創り上げます。その上で、「大学発ベンチャーの時価総額が1兆円を超えた」などと煽り、2016年からは「ベンチャー・チャレンジ2020」という標語を掲げて、再び「大学発ベンチャー」を盛り上げるキャンペーンを始めています。

l  例えば、「ベンチャー・チャレンジ2020」を推進する経済産業省は、アンケートを実施して、20174月に「黒字化した大学発ベンチャーの割合は55.7%(=6割も黒字化しているのだから、大学発ベンチャーをもっと推進しよう)」と成果を強調しています。しかし、これなどは、典型的な「現状を糊塗してごまかす政策(disguising policy)」です。

l  アンケートに答えた大学の割合は約半分(54%)にとどまり、何でも言うことを聞くはずのTLOに至っては18%しか回答していません。成功していない大学やTLOは回答しないでしょうから、回答しなかった分を「赤字」とみなせば、黒字化した比率は10%(=55.7×18%)にすぎない可能性すらあるのです。文部科学省によれば、2014年までに設立された大学発ベンチャーは2311社に達するのですが、帝国データバンクが2015 年の黒字を確認できたのは298社にすぎません。これらの数値に基づけば、黒字化比率は12.9%と見ることもできます(法的整理になった2社を含まず)。

l  要するに、経済産業省による大本営発表は、「潰れた先や不振でない先に限って言えば、55.7%が黒字である」と言っているだけなので、全然大したことはありません。実際、帝国データバンクの調べによれば、生き残った先に限ってみても、年商1億円未満が63.8%(年商10億円未満95.7%)で、従業員20人以下が86.3%(従業員100人以下98.7%)にすぎないのですから、「大成功」でないことは、誰の目にも明らかです。でも、経済産業省は、「大学発ベンチャーは約6割が黒字化した」と主張します。これが日本の経済政策の実態なのです。

l  当たり前の話ではありますが、政策当局者らに「経営能力」はありません。したがって、「経営者目線」があるはずがありません。政策当局者の中では、どちらかと言えば、「経営者目線」に近いと思われる経済産業省ですらこの程度なのですから、入管に対して、「経営者目線」を期待してはなりません。入国管理法や入管行政についても、多くを期待すべきではないのです。それが残念な現実なのです。
金融危機, 証券取引所, トレンド, シンボル, 矢印, 方向, ダウン, 低迷
【Timely Report】Vol.75(2018.1.9)より転載。詳しくは、このURLへ。http://nfea.jp/report

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l  「物価が上がれば、景気が良くなる」(=物価上昇=賃金上昇=消費増大=景気向上)という宗教に対して、経営者たちがどのように対処したかを確認しておきましょう。直近1年間(201611月~201710月)の正社員賃金の上昇率(前年比)は+0.1%~+0.5%に過ぎず、年間平均でも+0.3%にすぎません。労働需給の調整弁となっているアルバイトの時給を見ると、職種によっては、前年比+3.0%を超えるケースもありますが、給与総額で見ると▲0.9%~+2.0%の範囲内にとどまっており、平均的には+0.6%程度。

l  ちなみに、物価上昇分を差し引いた実質賃金の前年比(=賃金上昇率-物価上昇率)は、正社員は▲0.4%~0.0%と水面下で推移しています。消費増の背景となるべき実質賃金が増えていないのに「消費が増える」と主張する方がどうかしています。そういう状況下で物価が上がれば、さらに実質賃金は下がることになってしまいます。そうなれば、ますます消費は冷え込みます。この一例を見ても、「物価が上がれば、景気が良くなる」という宗教(=邪教)が誤っていることは明白なのです。

l  統計を詳細に分析すれば、景気が良いはずの都市圏で倒産が増えつつあり、景気があまりよくない地方圏では倒産が目立たなくなっています。2017年度上半期における企業の倒産件数は、前年比で9年ぶりに前年を上回りました。全国での倒産の増加率は+0.1%とほんの少しだけ上回った感じなのですが、その内訳を見ると、九州・沖縄は▲12%、静岡県は▲13%と地方における倒産の減少が目立ちます。ところがその一方で、東京都の倒産件数は前年比で+11%、近畿は+13%、中部3県は+14%と、主に都市圏で倒産件数が増加しているのです。つまり、都市圏で倒産件数が2ケタ増になっている一方で、地方圏では倒産件数が減っているという現象が生じているわけです。

l  要するに、景気が良いはずの都市圏では人が採用できない零細企業が倒産し、景気が悪い地方では人手不足倒産が起きにくいという「常識とは逆転した結果」になっています。つまり、直面している好況をチャンスと捉えて、「人手不足賃金上昇価格上昇売上増大」という針路を選択した都市圏の企業が人手不足で倒産に至っている一方、成長をあきらめて、「人手不足拡大抑制賃金抑制縮小均衡」という指針に忠実な地方企業では、倒産に至りにくいという現象が観察されているのです。本当に経済状況を改善したいと願う政策当局者なのであれば、この事実を軽視すべきではありません。

l  ところが、そんな中で、政策当局者は、「雇用供給の削減」という愚かな政策を大々的に推進しようとしています。「人手不足」の上に、さらに「人手不足」を加速させようというのです。「電通ショック」に象徴される残業廃止・労働時間削減の波は止まるところを知らず、深刻な「人手不足」を、さらに深刻化させていますが、アルバイトや派遣という弾力的な労働力を「正規労働化」という名目の下、非弾力的にしようとしています。さらに、人手不足を緩和してきた留学生アルバイトすらも、「28時間超の撲滅」という正義の旗の下、大々的に退治しようとしています。これらの結果、2018年は、「安定的で健全な人手の確保」に失敗した数多くの企業が極めて苦しい難局に直面する年になると予測されます。

l  特に、労働需給の調整弁になってきた残業時間の柔軟性を失わせてしまったことが悪影響を及ぼします。さらに、日本政府は、アルバイトや派遣という「非正規労働」についても、「正規労働=正社員」化を推し進めていますから、アルバイトや派遣による調整弁の機能も鈍くなります。それに加えて、留学生アルバイトという調整弁を封じてしまったら、労働市場において、マーケット・メカニズムを機能させることは極めて難しくなっていくでしょう。

l  この誤った経済政策の実施は、地価上昇に歯止めをかけるために誤った政策を総動員した「バブル崩壊」を髣髴とさせます。「地価上昇=悪」という思い込みが「地価下落=善」という宗教にまで高まった結果、日本の政策当局者は、通常の金融引き締めだけに飽き足らず、1990年に「総量規制・三業種規制」(不動産向け融資を抑制し、不動産業・建設業・ノンバンクへの融資を厳格化する)という極めて人工的な「地価下落」の劇薬を投与しました。マーケット・メカニズムの機能を無視して実施された政策の結果が、「官製不況」とも呼ばれる、20年を超えるデフレをもたらしましたのですが、日本の政策当局者は、この惨事から何も学んでいないように見えます。

l  「地価下落=善」という邪教に突き動かされた1990年代の誤った経済政策は、マーケット・メカニズムの機能を無視して、人工的な「カネ不足」を演出し、手ひどい貸し渋りや貸しはがしを惹起しました。それが、20年を超える経済不振を日本にもたらしました。そして、いま、「労働削減=善」という邪教に突き動かされた経済政策は、マーケット・メカニズムの機能を無視して、人工的な「ヒト不足」を演出し、その不足度合いをさらに加速しようとしています。その結果がどうなるかについては、今後の趨勢を見守るしかありませんが、2018年以降、悲惨な影響をもたらすことだけは確かです。
金融危機, 証券取引所, トレンド, シンボル, 矢印, 方向, ダウン, 低迷
【Timely Report】Vol.75(2018.1.9)より転載。詳しくは、このURLへ。http://nfea.jp/report

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l  政策を処方する政策当局者と政策を客観的に評価すべきマスコミが結託して、宗教化した経済政策を推し進めようとするとき、それに異論を唱えても、効果はありません。逆に「ブラック企業」として袋叩きになるだけです。政策当局者が処方する誤った経済政策に対して、自らの企業と社員を生き残らせていくためには、自衛手段を講じるしかないと腹を括るべきでしょう。

l  実際に、経営の現場を窺うと、少なからぬ経営者は、政策当局者が思い描いている「人手不足賃金上昇価格上昇売上増大」という針路ではなく、「人手不足拡大抑制賃金抑制縮小均衡」という「まずはとにかく生き残る」ことを優先した経営戦略に切り換え始めています。つまり、成長を追い求める「売上増大」ではなく、生き残るための「粗利増大」を選択しているのです。そして、経営者が「売上増大」ではなく、「粗利増大」を優先すれば、コストのうちの大きな部分を占める賃金に対して、抑制的に臨むというのは至極当たり前の経営戦略になります。

l  日本銀行は、物価上昇率が目標の2%に達しないのは「人手不足の度合いが不十分だからだ」と公言し、このまま人手不足が続けば、賃金も価格も上がると予測しており、多くの経済学者たちも「人手不足なのに賃金が上がらないのは謎だ」とほざいて、「賃金が上がらないのは、人手不足が足りないから」という完全な誤診をしています。現状は、需要増に牽引される「好景気」ではなく、単なる「人手不足」。需要が弱いから値上げしたらお客さまは離れるだけです。それを熟知しているから、経営者たちは「人手不足賃金上昇価格上昇」という針路が誤っていることに気付いています。だから、時短や休業という「労働投入量の減少」を選び、「人手不足拡大抑制賃金抑制縮小均衡」という針路をとっているわけであり、「経営者目線」で見れば、賃金がなかなか上がらないのは極めて当たり前のことなのです。

l  人材を採用する「経営者目線」で見ても、目先の高い賃金に釣られて集まってくる人材は、目先の賃金の良さで辞めていく人材と同値であり、「安定的で健全な人手の確保」には貢献しません。提供する商品やサービスの価格を引き上げたときに、消費者が呼応してくれるかどうかわからない状況で、長期的に定着して貢献してくれるか否かわからない人材に対し、いたずらに賃金を引き上げれば、自ら首を絞めるばかりです。昨年4月、「脱デフレは大いなるイリュージョン」と喝破した岡田イオン社長の卓見に学ぶべきです。

l  労働市場の現状を確認しましょう。201711月の就業者数は6552万人(前年比+1.2%)に達し、既往最高の6679万人(19976月)まで、あと+1.9%のところまできました。これまでもそうですが、今後においても、「生産年齢人口」は着実に減少していきます。そういう中で、既往最高値を超えて、日本人の就業者がどんどん増えていくということを想定することはできません。実際、201711月における就業者数は、生産年齢人口(7611万人)の86.1%に達しています。19976月時点の同計数は76.8%(生産年齢人口は8699万人で既往最高)に過ぎませんから、生産年齢人口に対する就業者数の比率が10%ポイント近く上回る現時点の労働逼迫が尋常でないことは明らかです。日本人に関する限り、これ以上の労働者数を増加させることはかなり困難(=完全雇用がほぼ達成されている)とみるべきです。

l  賃金水準を引き上げることによって、これまで労働市場に参加していなかった労働者が、労働市場に参加して就労者になることにより、就労者数自体が増大するのであれば、経済全体として意義があります。しかし、完全雇用がほぼ達成されている中で就労者数が増えないことが見込まれるとすれば、ある企業における採用の成功は、他の企業における離職を意味しますから、ある企業で人手不足問題を解決したように見えても、新たな人手不足を招来するだけになってしまいます。これでは、経済全体としては意味を為しません。これは、経済学の初歩である「合成の誤謬」と言われる現象です。

l  このような経済環境の下で、数多くの企業が賃金引き上げ競争に加われば、耐えられなくなる企業が出るまで賃金水準を引き上げ続けるchicken race(チキンレース=相手の車や障害物に向かい合って、衝突寸前まで車を走らせ、先によけたほうを臆病者とするレース)が生じるだけ。冷静に見れば、このchicken raceは、経営者にとって得るものはほとんどありません。生死がかかっている経営者たちは、政策当局者の机上の空論に踊らされるほどナイーブではありませんから、「人手不足賃金上昇価格上昇売上増大」というストーリーに素直には従いません。したがって、目先の賃金引き上げではなく、目先の労働投入量の抑制に心を砕くようになっていくでしょう。

l  もちろん、そのような状況下であっても、今後の半世紀において、日本経済が拡大し続けるという希望やビジョンがあるのであれば、長期的な経営計画の下で「人手不足賃金上昇価格上昇売上増大」という針路を選択する経営者も少なからず出てくるでしょうが、今後の半世紀における日本経済に関しては、誰がどう見ても、人口減少を主因とする経済不振が控えています。

l  2017年において、国内で生まれた日本人941000人。戦後最低であった2016年の977000人をさらに下回りました。その一方で、死亡数は戦後最多の1344000人に上り、出生数が死亡数を下回る「自然減」は初めて40万人を超える見込みです。2015年時点において12700万人を数えた日本の総人口は、40年後には9000万人を下回り、100年も経たぬうちに5000万人ほどに減ってしまいます。こんなに急激に人口が減少するのは世界史において類例がありません。それと同時に、「働き盛り人口(20歳~39歳)」が、今後、毎年100万人のスピードで減っていくわけですが、これは、毎年、ひとつの県が消失するのと同等のインパクトを持っています。

l  この「人手不足(就業者不足)」と「人口減(消費者不足・労働者不足)」という二重苦に加えて、中小企業においては、「後継者難(経営者不足)」という難問が発生しています。じつは、後継者難から会社をたたむケースが増えており、廃業する会社のおよそ5割が経常黒字という異常事態。2025年までには6割に相当する245万人の経営者が、平均引退年齢の70歳を超えると見られているのですが、現状、少なくとも127万社において後継者不在の状態にあります。現在の日本の企業数は、382万社(個人事業主を含む)と見られていますから、その3分の133.2%)以上が廃業予備軍ということになります。つまり、これから毎年5%近くの企業が廃業していくということが見込まれているわけです。こういう状況下で、楽観的に「人手不足賃金上昇価格上昇売上増大」というシナリオを描く経営者は少数派です。

l  ところが、「人手不足」「人口減」「後継者難」という三重苦の中、「毎年、ひとつの県が消失するのと同等のインパクト」が襲い掛かることが明らかであるにもかかわらず、それらの困難を打開するための政策は何も打ち出されていません。「労働削減=善」という宗教が布教されるだけです。そういう状況下で、賃金上昇という選択肢を選び、「人手不足賃金上昇価格上昇売上増大」というシナリオを描く経営者は、極めて愚かであるか、chicken raceに参加することによる自殺願望があるとしか思われないでしょう。

l  だから、経営者は守りに徹することになります。経営者が守りに徹すれば、賃金はなかなか上がりませんから、就労者(=消費者)も守りに徹せざるを得ません。そして、消費者(=就労者)が守りに徹すれば、「価格上昇売上増大」という戦略は失敗に終わる可能性が高くなります。だから、人手不足に苦しんでいるほとんどの経営者は、調節弁であるアルバイトの賃金を引き上げたとしても、正社員の賃金上昇に対しては慎重に対処しているのです。
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